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「聖杯の欠片の影響が、無視できない程度に出ている」
マスターの指示の下、敵性概念を殲滅したホームズは、すぐ近くでマスターの背中へ視線を向けていたアーチャークラスの英霊、ニコラ・テスラを見かけてそう声をかけた。テスラは一拍遅れてホームズに顔を向けると、ああ、と曖昧な言い方をして頷いた。
テスラは生前、規格外と断言できる知性をもっており、人類に電気の恩恵をもたらした人物だ。現代でも語り継がれる複数の逸話からも想像できるように頗る変わった人物でもあり、英霊となった今でも自分を天才だと自称して憚らない。彼の知性はもっぱら科学と技術に向けられたものであるので在るべき方向が重なるわけではなかったが、ホームズは彼に敬意を抱いてそれなりに親しく接していた。テスラとしても己の思考を理解するレベルの人間だとホームズを認めてくれたのだろう、ある程度打ち解けて話をしてくれる。
「世界は私たちを休ませる気はないようだ」
人類史を救う戦いほど逼迫した状況ではないと言えど、ゆっくりと休息が取れるほど暇ではない。カルデアに召喚された英霊たちのほとんどが座に還らないのも、すべてが解決したわけではないという空気を敏感に察知しているのかもしれない。
ホームズの頭のなかにはある程度、今後、カルデアひいては人類がどのような事態に直面するのか、大まかな憶測はたっていたが、今はそれを言葉にする時期ではない。マスターやエミヤと名乗る男をはじめとする一部の英霊はホームズのその態度に困った顔をしていたが、「憶測」と「推理」は違う。探偵として規定されたこの身で、憶測により物を言うことはできない。
テスラは戦闘で宝具を使用した影響でパチパチと帯電したままの右手を何度か握る閉じると繰り返し、彼には珍しく掠れて消えてしまいそうな小声で、割れやすい言葉をそっと空気中へ置くように呟いた。
「まったくだ。この世界はマスターに苦労をかけてばかりだな。――貴方にも、かもしれないが」
「ミスターテスラ?」
最後に加えられた一言を聞き流すわけにはいかず、ホームズが尋ねようと口を開いたときには、テスラはすでにホームズとの会話を意識の外に追いやって、マスターのもとへと歩を進めていた。手を伸ばすが彼の歩みは誰にも止められぬと決められたかのような確かなもので――ホームズは結局、そのまま腕を下ろした。
先ほどの戦闘で倒したスケルトンの、頭蓋に空いた鼻腔やあばら骨の間を風が通り、ひゅーひゅーと死にかけの生物が呼吸するような音が聞こえていた。

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