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「あ、いた! ホームズ、テスラやエジソンが調節したシミュレーターの試験戦闘に付き合ってよ」
リツカは通路の先にいる全体的に黒い人影へ手を振った。人影――シャーロック・ホームズは、振り返るとリツカの姿に顔をほころばせる。
「マスター。私は戦闘要員ではないと何度言ったら分かってくれるのかね」
落ち着いた、穏やかな声音。その一部――いや、正直にいえばほとんど――が聞こえなくなったときはどうしたものかと混乱したが、一時的な霊基の乱れだったようで、今はこうして正常に聞こえている。技術部は一体何が起こったのかと、イレギュラーすぎるアクシデントに頭を抱えていたが、リツカとしては、ホームズと元のように会話できるようになったことが素直に嬉しかった。いつでも冷静でメンタル面のサポートはもちろんのこと、キメラにも引けを取らない戦闘力もあり、とても頼りになる存在だ。探偵というよりは一人の英霊として、リツカはホームズを好ましく思っていた。ドイルの小説のファンであるマシュも、ホームズの声が戻ったことを喜んでいる。
「ホームズの冷静な評価が聞きたいんだよ」
リツカはホームズの背中をぐいぐいと押しながら答えた。
「やれやれ。人使いが荒い。私がすべきことは戦闘行為だけではないというのに」
「え?」
「……いや、何でもないよ」
明らかに何かを隠されたが、そういうホームズの思わせぶりな態度はいつものことだ。自分にはわからない真実が、彼には見えているのだろう。何か読み取れるものはないかと前に回ってホームズの顔を覗き込んだが、特に分かるものはなかった。人形のような端正な顔立ちに、悪意のない微笑が浮かんでいる。
「じゃあ、行こう」
その腕を取り、シミュレーションルームの方へ引っ張ると、ホームズはやれやれと言った顔でリツカについて歩を進めはじめた。

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