46億年の殺意

BLCP:46億年の恋、土屋×雪村


変な奴。

第一印象はそうだった。無口だし、無表情だし、何を考えているか全くもってわからない。鳥肌がたちそうだった。模範囚らしいな、と思った。看守にはひどく気に入られていると聞く。その時は一言も言葉を交わさずに終わった。

次に出会った時の印象も、奇妙、それだけだった。なんだかよくわからない欲望のかたまりみたいな奴に、食事の時間呼び出されて犯されかけた。でも危ない、ギリギリのところで土屋は模範囚らしい無表情を貼り付け、姿を見せた。それにびびって相手は逃げていき、助かった。その時も言葉はなく、こっちも素早く逃げた。何故あんなところに彼が居たのか、わからなかった。

三度目でようやく、話をした。上手く看守を丸め込んで、キスして軽く体貸して、洗濯をサボっていた。医務課はベッドがあるし、サボるのにいいのだ。
しばらくすると土屋がやってきた。サボりに来たのかと思ったが、違った。手を何かで切ったようだ。かなりの出血だ。よくよく観察してみると、血は手首から流れ出しているようだった。リストカットという言葉が脳裏できらめく。リストカットに付属する印象は、自殺の黒い印象だ。土屋は自分以外の人間がいたことにたいそう驚いたらしく、その場に立ち尽くしてしまった。血液だけが流れ続けている。このままでは死ぬんじゃないかと思って、声をかけてみた。
「死ぬよ」
土屋はびくりと体を震わせて、じっとりとこちらを見つめた。からみつくような視線だ。死にたいのかと考えたが、のっそりと動いて土屋は手首にガーゼを当て、包帯を巻いた。その様子をぼんやり眺めていると、土屋はベッドに腰掛けて低い声で自らの罪を語り始めた。突然のことに、今度はこっちが立ち尽くした。
妻の浮気。不安。不信。罪悪感。言葉の端々からは後悔しかにじまない。土屋の顔に根ざす暗い影の正体が分かった。雪村は土屋のすぐ隣に座った。今、丁度トラブルに巻き込まれて、看守に目を付けられていることを思い出したのだ。別に自分は何もしていないのだから深く追及すれば誤解であることが判明するだろうが、そこに行き着くまでが面倒だった。もし土屋が一緒ならば―・・・看守の目が向けられることを少なく出来るだろう。
「後悔してるんだ」
首をかしげてやる気のない声を発した。土屋がハッとして目を丸くする。それ以上言わずに目を伏せた。沈黙が続く。長い、長い沈黙。途中、土屋が生唾を飲む音が聞こえた。空気が濃くなる。世界に2人しか存在していないのでは、なんて陳腐な思考が出てくる。誰も来ない。誰も。吐き気がしそうだ。クスリは流してもらえるかな。サボることも出来るかな。

どうしてあの場所に土屋がいたのか。

肩をつかまれ、力がぐっとかかった。抵抗無しであっけなくベッドに倒れる。あまりのあっけなさに一瞬土屋は戸惑っていたが、それをなんと受け取ったのか、にやりと口元に粘度の高い笑みを浮かべて、急ぎだした。普段無表情な分、その笑みに本当に吐きそうだった。それでも、何も言わない。ゆるい囚人服は簡単に剥ぎ取られる。眼鏡の奥で彼の瞳は鈍く光っていた。シーツがすれる音がする。土屋は雪村の口を手でふさいだ。静かにしろ、という意味らしい。別に抵抗する気もないのだから、うるさくなどしない。なすがまま、お気に召すままに。お気に召すまま、か。自嘲しか出来ない。土屋が何かに必死になっているうちに、一人で言葉なく自嘲した。いつからだろう、自嘲に慣れた。顔の筋肉がすんなりと歪んだ自虐の形に伸縮する。逆に、他の表情をしようとするとぎこちなくなる。ぎしぎし筋肉がきしむのがわかる。おかしいから笑ったり、怒ったり、悲しんだり、痛がったりするのが、苦しい。楽な方へ楽な方へと思っていたら全く出来なくなってしまった。残ったのは「無」と「嘲」。それだけ。此処でいちいち揺れていたらば、いつまでも安定しない。しまいには酔う。土屋の手が雪村の体を首のあたりからゆっくり撫でていく。変態的。思わず身をよじろうとしてが、もう片方の手ががっしりと雪村の体を押さえつけているので、動けない。土屋の荒い呼吸音が、部屋に響いて溶けていく。土屋の呼気に満たされていく、部屋、肺、胸の中の空白。手が下腹部に到達する。やはりヒヤリとした。目の前が一瞬真っ暗になった。あきらめろ、と言い聞かせる。誰に? 何のために? 雪村はあきらめた。

「キモチイイね」

嘘だけど。

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