フィーネ
(フィーネ、あるいは最後の三十秒。)
私が「彼」の演奏を、客席で観たのは、そういえば一度だけだったかもしれない。
動かない体が生きることを諦めていくのを感じながら、私は死の間際にそんなことを考えていた。
ぶつぶつと、世の中への怨嗟を呟きながら。
脳の中身のほとんどが世界への怨嗟と混じってドロドロに溶けてしまっているなかで、一部分だけが、やけに鮮やかに思考を続けている。
走馬灯、というやつだったのかもしれない。
新曲を目の前で演奏してもらったこともあった。
コンサートホールの後ろから関係者として眺めていたこともあった。
何度も「彼」の演奏は聴いた。
ただ、客として、きちんと席に座って、しかるべき場所から「彼」の演奏を聴いた記憶は、一度しかない。
あれはいつのことだっただろう。
ステージの上でスポットライトを浴びる彼の姿だけが、散り散りになりかけている意識のなかに蘇っている。
何百人の視線を受けても「彼」の存在は揺るがなかった。何百人の存在を前に、その指先から作り上げられる音だけで、立ち向かっていた。拮抗していたのではない。明らかに、勝利していた。勝っていた。
嗚呼、その姿は私とはまるで正反対だ。
私は誰にも勝てなかった!
私はすべてに敗北した!
だからこうして。
死にかけている。
呼吸すらままならない。苦しい。痛い。どうして私はこんなに苦しいまま死ななければならないのだろう。どうして何も聞こえないのだろう。音楽は! 私が愛した音楽は! もう何も聞こえない。遠くの方で、男が喋っている声が気がする。幻聴かもしれない。ああそうだ、思い出した。私はあの日、誕生日だったのだ。何も見えない。それを知った「彼」が、気を回して空いた席を私に譲ってくれた。だれも助けてくれない。だから私ははじめて、「彼」のコンサートで客席に座った。ひどく眠い。あのとき私ははじめて、客席で「彼」の演奏を聴いたのだ。ひどくねむい。一生分の眠気がくる。ずっとねむれていなかったから。それが。いま。わたしはもっとかれのえんそうをききたかった。ねむい。なにもきこえない。しずか。ねむい。みんなみんなのろってやる。このしずかなせかいから。おとがしない。かれは、
そして私は旅立った。
(フィーネ:希望の場所で曲を終える)

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