11:R-18 むりやりあれこれされる新田
クズな先輩×新田 そしてそれを目撃する小泉
性描写あり。ご注意ください
追加登場人物
土岐先輩
新田・小泉より1つ上の山岳部の先輩。部活動には不真面目で、他人が困っているのを見るのを楽しむことができるクズな男。男女両方いけるタイプで、つけ入る隙のある新田にあれやこれやひどいことをして遊ぶのを趣味としている時期があった。
(大学三年生の夏。)
夏休みの合宿の資料を持って、小泉光は新田の部屋に向かっていた。合宿といっても、どこかの施設に泊まるわけではない。この合宿の目的は、三泊四日の北アルプス縦走だ。比較的登山歴が浅い人間でも踏破可能なコースであるはずなのだが、現実的かどうか彼に尋ねたかった。新田は同じコースを春に辿ったばかりだったのだ。それに――登山歴もまだ2年ほどだった。めきめきと経験を積んでいると言えど、自分に比べればまだ初心者の視点からこの縦走計画を見ることができるだろう。
新田の部屋は古めかしいアパートの一階の一番奥にある。隣に住んでいた人物はしばらく前に越してしまったらしく、郵便受けには仕事の雑なアルバイトが突っ込んだチラシが溜まっていた。
「……、全然電話出ないし。いないのか?」
何度か新田の携帯に電話したのだが、出なかった。ただ、彼は携帯をこまめに見る人間ではない。いなかったら郵便受けにこの資料を突っ込んでおこうと、小泉はそのまま新田の部屋に向かった。
ドアの前まで来る。ドアの向かいには、新田の自転車が置いてあった。彼は大抵の移動を自転車で済ませているから、部屋にいるのだろう。
なんだよ、少しくらい電話出ろよな、とぼやきながら、ドアノブに手をかける。インターホンは半年くらい前から壊れていた。早く直せとせっついているのだが、大家にのらりくらりと修理の話を躱されているらしい。「なんか忙しいみたいで」と真剣な顔をして言う新田に、小泉は苦笑を返したものだ。
ドアノブをひねって少しだけ手前に引くと、抵抗なくドアは開いた。やはり彼は在室らしい。帰ってきたらドアに鍵をかけろと小泉は何度も彼に言っているのだが、直る様子はなかった。ぐいとドアを引くと、奥の方から物音が聞こえてきた。新田さぁ、鍵くらいはかけろよ。そう言おうとして吸い込んだ息は、視界に飛び込んできた光景を理解すると同時に、体と共に固まった。喉が詰まる。呼吸が止まる。
新田の部屋は簡素なワンルームで、台所も兼ねた廊下の奥に万年床や本棚、ローテーブルが置かれた空間がある。廊下と奥の部屋の境にはガラスの引き戸があるのだが、そこが閉じられることは一年を通してほぼなかった。
だから今日も、そのドアは開きっぱなしになっていて、奥の空間が見えた。ただし、輪郭は少しだけ曖昧だ。カーテンがしっかりと閉じられて、部屋は薄暗いままだったから。それでも小泉には、この部屋にいるのが一人ではないことくらいは、認識できた。
「……、っ」
荒い息遣いが聞こえる。見慣れた模様の掛け布団が、小泉のちょうど真正面の位置に山となっている。少し横に視線を逸らせば、そこで蠢く影があった。だんだん薄闇に目が慣れてくる。
「あっ、……っあ、いっ、いやっ」
声がする。
「嫌じゃないだろっ……、こんな、締め付けて、さぁッ……」
声がする。
両方、聞いたことがある。
知っている。
ここにいる2人を、そこで声を上げている2人を、自分は知っている。
目が慣れる。
現実の輪郭が、はっきりとしていく。
いつも敷きっぱなしになっている新田の寝床の上で、膝立ちになって一定の間隔で腰を前後に動かしている裸の男がいる。腹這いになり、その男に腰を掴まれて尻だけ上げさせられた格好で、上半身を布団に押し付けるもう1人は、新田だった。頭の横に投げ出された手が、布団をひしと掴んでいる。彼はほとんど何も身につけておらず、残っているものといえば、左踝にかろうじて引っかかったズボンと下着だけだった。腰の動きとあった荒い呼吸の音が、小泉の耳に届く。小泉はただ、立ち尽くしていた。全身を石にでもされたかのように、その場から動くことができない。ただ、資料を抱えた手の指先が、震えていた。
男たちは行為に夢中になっていて、玄関で立ち尽くす小泉には気づいていない。
ローテーブルの上で閉じられたノートパソコン、一番下の段が教科書で埋められた本棚、その前にある登山用の大容量リュックサック、壁にかけられたカレンダー、隅にちょこんと置いてある山の形をしたゆるキャラのぬいぐるみ――どれもが至って変わりなく、いつものように存在しているのに、布団の上で繋がった2人だけが、異物として存在していた。グチュグチュと水音が鼓膜に届く。呼吸が止まったせいで頭の中が真っ赤になっていく。本能がかろうじて働いて、呼吸だけはなんとか取り戻す。は、は、と小さく短く繰り返される己の呼吸音も、男たちのそれと同様に、歪なものである気がして気持ち悪かった。
男は絶頂が近いのか、抜き差しする動きを一層に早めた。それに伴って、新田の声が、一段と高くなる。
「ああっ、……んあ、……ぁ」
新田の声の余韻も、吐き出される息に感じる熱も、快楽でねばついている。
「――――ッ」
乱暴に新田の腰を掴んだ男は、それを勢い任せに手前に引き寄せると同時に、腰をガツンと彼の尻へと叩きつけて、それからしばらくビクビクと体を痙攣させた。新田の口から、悲鳴のような嬌声が漏れる。絶頂の後にくる痺れるような時間を十分に楽しんだ後、男はずるりと己のものを引き抜いた。細く糸のようなものがその先と新田の体を繋ぐ。閉められたカーテンの細い隙間からほんの僅か差し込んだ日光をきらりと反射して、小泉の目に今、行われた行為の結果を見せつけた。
男は肩を上下させながら、新田を見下ろしていた。その横顔を知っている。新田や小泉と同じ登山サークルに所属する、土岐という名前の先輩だ。学年は1つ上。前髪が目元を隠していて、その表情を窺うことはできない。男は新田の腰を掴んでいた手を離したあと、背中を弓のように反らし、天井を仰いだ。汗で張り付いた髪を払うようにふるふると頭を振り、その結果、玄関に立っている小泉に気づいた。男はこちらに顔を向けて、前髪の隙間から見える瞳を大きく見開いたが、何も言えずにいる小泉を認識して、にいと大きく口を歪ませた。
「――おい新田、友達、来てるぞ」
男は新田の背中を平手でバシ、と叩いた。新田は言葉の意味を理解できなかったようで、不明瞭な呻きを漏らしながらその場で体を丸めてうずくまった。
「何してんだよ、ほら、お前に会いに来てんだろ」
男が新田の腕を掴んで無理矢理上半身を起こさせる。その手つきは人間を扱うというより、どうでもいい物を扱うようなものだった。しかし新田は嫌がる素振りを見せず、男のなすがままに引き起こされた。上気した肌を無様に晒し、おぼつかない呼吸を繰り返しながら、新田が顔を上げ、玄関へと視線を向ける。胡乱な視線に晒された小泉は、体をこわばらせた。
玄関に立つ人物を認めた瞬間に、新田の体と呼吸が硬直するのがわかった。焦点の定まりきっていない瞳を忙しく動かし言葉を探すが、どこにも見つからないようで、中途半端に口を開けたまま、唇を戦慄かせていた。
「……新田」
小泉が彼を呼ぶと、新田は跳ねるように痙攣して逃げていた視線をもう一度小泉に向けた。そのぎこちない呼びかけの間に、男はさっさと服に袖を通し、ズボンを引き上げて身なりを整えていた。
「それじゃあ、俺は帰るから。今日もありがとな、新田」
男は快活に笑うとあっけらかんと言って歩き出した。今の行為が嘘のような振る舞いだったが、頬に張り付いた髪と、通り過ぎる際に鼻腔をかすった匂いだけが、間違いなく先ほどまで新田と性行為に及び腰を振っていた男なのだと、小泉に痛いほど認識させた。
「どいて」
男は玄関先に立ち尽くす小泉をぐいと押して移動させると、ドアを開けた。外の光を浴びて小泉はようやく、男を呼び止めるという行為に思い至ったのだが、その時にはすでに、男は部屋の外へと出て行ってしまっていた。バタンと音を立ててドアが閉まる。外の光を遮られ、小泉の思考は再び、鈍化した。自分は何をしにここへ来たんだっけ。ああ、そうだ。新田に、合宿の計画を見せようと思った。新田。そうだ、新田だ。新田に会いに来たのだ。小泉は靴を脱いで、部屋へ上がった。新田はずっと、肌を晒したまま、呆然とその場に座り込んでいた。無言で近づいても、新田はそのまま動かなかった。すぐ横に立って小泉が足を止めたところで、新田はようやく、のろのろと顔を上げて口を開いた。
「こい、ずみ」
掠れた声が、小泉を呼ぶ。こめかみから流れた汗が、先ほどまで甲高い嬌声を上げていた喉を伝って、鎖骨で止まる。彼はまだ、この場の状況を処理しきれていないようだった。その顔に浮かんでいるのは戸惑いで、絶望はまだない。小泉の視線に晒されているうちに、徐々にその瞳に絶望が滲んでくるのが感じ取れた。
「俺、さぁ」
「ち、違う、小泉、ごめん、違うから」
「前に、新田にさ、あんまり変なことするなよって俺言ったよね?」
ゆっくりと言い聞かせると、新田は慌てて立ち上がった。太ももの内側を、白い液体が流れていくのが見えた。その光景に、体温が上がった。これはなんだ。怒りか。怒り――であっているのか。
「ごめん、本当にごめん。ごめんなさい」
新田が謝罪の言葉を繰り返す。きっと彼は、何に対して謝っているのかもわかっていないまま、ただ、謝罪を口にしているのだろう。
「ごめん、こいず」
「うるさいよ」
パシン、と乾いた音が湿った空気の満ちる部屋の中に響く。右の手のひらがじんじんと熱くなる。目の前にいる新田は左頬をこちらに晒した状態で固まっていた。左頬が、徐々に赤みを帯びてくる。数秒間の沈黙の後、新田は左頬を手で押さえると、震える声で「ごめんなさい」ともう一度謝った。
そうじゃないだろう、と俺は苛立ちを抑えきれずに舌打ちをする。それに新田は過剰に反応したが、怯えた瞳でこちらを見る以外には何もしなかった。
「なんで言われたことくらいできないんだよ」
ああ、違う。自分はここに、合宿計画の話をしにきただけなのに。
なのに。
言葉が止まらない。彼を責め立てる言葉が。
「おかしいだろ、お前」
「ご、」
再び謝ろうとした新田だったが、打たれた頬の痛みを思い出したのか、最初の一音で言葉を止めて、そのまま黙り込んだ。彼の顔が歪む。泣くのかと思ったが、彼は顔を歪ませたまま、何かに耐えるようにしばらく固まっていると、す、と表情をなくして虚な瞳で再びこちらを見た。
ああ、こいつは。
うまく泣くことすら、できないのだ。
あんな風に扱われて、体を開かされて、友達に一方的になじられて、泣くことすらできない。その時小泉は心の底から、友達だとか知り合いだとかそういうことを一切関係無しに――目の前の1人の男を、「哀れ」だと思った。人間として21年間生きていたものとして、目の前の生物を哀れんだ。
同時に。
腹が立った。
どうして。
どうして――こんなにも哀れな生き物なのに。
山を登る才能だけは、持っているんだ。
全部うまく行かないという顔をしているくせに、山にいるときだけは、何の躊躇いもなく楽しそうにしているんだ。
本当に全部上手くいかなきゃよかったのに。
新田は、大学に入って登山サークルに参加して本格的な登山をはじめたという初心者だった。サークルに入った当初は、すでに10年程登山の経験があった小泉から道具の説明や知識を聞いてはフンフンと興味深そうに頷いていた。もちろん、登山者としてもビギナーで、新歓で行ったハイキングコースをクリアして喜んでいるような人間だった。けれど彼はその後、めきめきと登山の経験と知識を増やし、いつの間にか、立派な登山家となりはじめていたのだ。サークルの中でも一番の実力を持つ先輩について回って、先輩と行程を共にできるようになってきた。いたく「登山」が気に入ったようで、夏休みや年末年始も実家に帰らず山小屋アルバイトや歩荷の仕事に精を出し、少しずつ名前を覚えられることも増えてきた。大学3年となった今では――小泉よりも、登山家としての力は上だと、認めざるを得なくなった。それでも彼は未だに、小泉のことを「自分より優秀な登山家の友達」として扱っている。
何が悪いわけでもないのだ。
ただ彼は、自分がしたいようにしているだけなのだろう。
自分が楽しいから――山に登っているだけなのだろう。
そう。
彼は楽しいからしているだけだ。
頂上からの景色を眺めるためにそこに至る道行の苦痛を耐える、のではない。彼にとっては途中の道行も全て等しく「楽しい」ものなのだ。頂上からの景色も魅力の1つではあろうが、それが唯一の目的ではない。
それは「才能」と呼ばれるべきものだと思う。登山にかかわるあらゆる苦痛を苦痛と思わず、関連する全てを楽しめる「才能」が、彼にはあった。
そして。
自分にはなかった。
「俺は、新田のためを思って言ってるんだからさ」
違う。
違うんだ。
そんなことはない。
けれど新田は、うん、と頷いて、悲痛な面持ちで、こちらに縋るような視線を向ける。
「ご、――うん、わかった、小泉。ありがとう」
「お前が変なことしたら、こっちにも迷惑がかかるだろ」
違う。
傷つくのは、新田本人だけだ。
そもそも他人の人間関係に口を出す権利は、ないのだ。
「本当にわかってる?」
自分の声かと驚くくらい冷たい声が、出た。新田はその時はっきりと、その言葉で傷ついた顔を作った。新田をその時傷付けたのは、間違いなく自分だった。
「ごめんなさい」
友達の言葉を受け取った新田は、凍えているような小さく細い、震えた声で謝った。
それから小泉は、新田に合宿計画の書類を渡し、ここにきた用件を簡単に説明すると、服も着ないまま大人しく突っ立っている新田を置いて、部屋を出た。新田からは三時間ほど経って、携帯にメールがきた。そこには細かなアドバイスが記されていた。それらのアドバイスは全て適切で、正しかった。

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