創作男男:新田×小泉まとめ

10:新田が先輩に甘える話

新田ってずるい男で…という話。

「先輩」×新田
ゆるい性描写あり。ご注意ください

 今日はうちで酒を飲もうぜ、と新田を誘うと、彼は毎回にこりと笑ってついてきた。新田がする表情のなかでもはっきりした部類に入るその笑みの裏にある感情を、俺は未だに見定めることができない。
 新田をサシ飲みに誘った日は、いつも家から徒歩5分のところにある酒屋で日本酒や焼酎の一升瓶を2、3本とつまみをいくつか買って、新田と一緒に家へ帰る。酒瓶は俺が持ち、つまみは新田が持つという流れが、いつの間にか決まっていた。
 酒とつまみの入ったビニール袋をそれぞれ持った俺たちは、いかにも男の一人暮らしという、脱ぎ捨てた服や雑誌が散らばった部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を囲んで、他愛ない話をしながら酒を飲んだ。新田はあらゆる外部からの刺激に弱そうな大人しい見た目に反して、意外と酒が強かった。そのせいでサークルの飲み会では、よく潰れた先輩・後輩の介抱をさせられていたものだ。
 けれどあの日は――俺と新田が”そういうこと”になった日は、珍しく、新田の方が酔っ払っていた。

 あの日は、たしかゴールデンウィークが終わった直後で、俺はこの夏に立てた壮大な登山計画を、酒を飲みながら新田に話していた。新田はしきりに「すごいですね」「そうですね」と興奮気味に頷いていた。新田は俺の話をよく聞いてくれた。俺からすれば大げさだといえるようなリアクションを返すから、それはもう気持ちよく語れたものだ。
 2人とも、夢のような計画に、テンションがあがって日本酒を注いだグラスを空け続けた。そのうち、珍しく新田もぽつぽつと、自分の登山計画を語り始めた。こういうルートで登りたい、できれば時間はこれくらいを目指したい――それまでは俺の登山についてくるばかりだった新田の口から、現実的な計画が出てきたので、俺もそのときばかりは真剣な表情でアドバイスをした。お前のレベルだとあと3時間は必要だ、夜を越すのはもう少し下にした方がいい、と言ったように。新田は恐らく俺に自分で考えた計画を話すのが気恥ずかしかったのだろう、アドバイスをしようと酒の進みが止まった俺と対照的に、がばがばと日本酒を胃に収めていった。
「――でもおれはぁ、せんぱいと一緒に、もっとたかいところにいきたいんですよお」
 しばらく夢のような話をした新田は、呂律の怪しい台詞とともに俺の腕を掴んだ。新田がこんなに酔うところを見るのははじめてだった。新田の指先に力がこもる。少し痛いくらいだった。お前、飲み過ぎなんじゃないか、そう喉まで出かかったのだが、新田が無理矢理こちらに近づこうとしてちゃぶ台にぶつかり、がたんとちゃぶ台が揺れた拍子にグラスが倒れかけたので、それを止めるのに言葉を飲み込んでしまった。
「危ないだろ」
「ねえせんぱい、聞いてますかぁ」
 新田は俺の言葉の最後に重ねてそう言い、よろめきながら体を俺のすぐそばまで近づけた。うまく体に力が入っていないように見えるのに、俺の腕を掴む力だけは、強いままだった。込められた力と共に、彼の体温が伝わってくる。不満そうに細められた目が充血している。いい状況とは決して言えなかったが、それをすべてひっくり返すほどの理性は、そのときの俺に残っていなかった。
「せんぱいと山にのぼっているときが、いっちばんたのしいです」
 空いたままだった新田の右手が、俺の左肩に載せられる。普段の与えられた言葉や態度に反応するばかりの様子ではなく、理性こそ溶けているものの――明確な「触れたい」という欲望をもった接触に俺は息を飲んだ。酒のせいか、新田は僅かに俺の方へと体を寄せただけであるのに、肩を僅かに上下させて、息をしていた。
「ほんとうに、たのしい、です」
 息を切らせ、とぎれとぎれに新田は言った。なぜかその声音には、苦痛のようなものが感じられた。「楽しい」という言葉の意味にはふさわしくない震えが乗っていた。言い終わると新田は、俺の首元にぽすんと頭を寄せた。短く切られた髪が、肌を刺激してくすぐったい。これは彼の弱さなのだろうか。それとも、タガが外れて現れた、衝動なのだろうか。
「おれは、」
 新田の声に含まれた感情に気づいた俺は、これ以上彼の言葉を聞いてはいけないことを悟った。だが、新田によりかかられた状態の俺は、そのまま動くことができなかった。
「せんぱいとやまにのぼるためなら」
 何より俺は酒を飲んでいた。そうだ、すべて酒のせいだ。今起こっていることは、すべて「酒を飲んだいきおい」で片付けられる。俺は頭の隅でそんなことを考えていた。
 新田と触れているすべての箇所が熱い。
「なんでもしますよ」
 俺の首元へ頭をあずけていた新田が、ふいに顔をあげる。それが無意識の行動だったのか、すべてわかったうえでの行動だったのか、きっと俺は一生知ることがないと思う。ただ、俺はそのとき、新田のことを「ずるい」と思った。一番そうであってはいけないところで、彼はずるかった。
 新田がこのときどんな顔をしていたのか、俺は覚えていない。俺はずっと握られていた新田の右手を振りほどいて目の前にある彼の頭を両手で掴むと無理矢理引き寄せて唇を押し付けた。新田は抵抗しなかった。酒のせいだ、これは酒のせいなんだ、と頭のなかで何度も呟きながら、頭から手を離して彼のシャツの下へ掌を滑らせた。新田が俺の首に腕を回した。
 それから俺は新田に”そういうこと”をした。新田があんな風に声を出せるなんて、俺はそのときまで知らなかった。人間は知らないことを知ることで大人になっていくのだ、と所属していた研究室の大学院生が、訳知り顔で言っていたのをうっすらと声だけ思い出した。

 それから――「今日はうちで酒を飲もうぜ」という台詞は、20%の確率で裏の意味をもつようになった。つまり80%は、言葉のままに酒を飲んでお互いに話したいことを話す。すべては酒のせいだ、と互いに無言で了解していた。20%の確率で俺が新田に触れた翌日も、新田はいつもと変わらぬ微笑を俺に向けた。俺も自分を慕うかわいい後輩として新田に接した。新田が望んだように、俺と新田はあのときよりも高い山に、共に登っている。少年のように「楽しい」とはしゃぐ新田は、俺に組み敷かれて熱っぽい視線を向ける人間と同一人物に思えなかったが、きっと彼もまた、大人であるというだけの話だろう。

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