なかつ
@nktu_pdu
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なかつの色々呟き。
最も無配慮なところです。SNSが沈没したときのシェルターでもある。

  • 最終更新
    2026/02/01 10:50:14
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    2024/2/18
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昨日ガイアケアTRPGの公式シナリオ「霧中復讐鬼談」を回し終わりました!(DLしてました)
お付き合いいただいた方、ありがとうございました。

ガイアケア楽しい〜〜〜〜〜!!!! ダブクロでレネゲイドビーイングの設定に大興奮して「レネゲイドビーイングやさんになる!!」とか10回くらい言ってて、なんとなく人外の波がきていたのだけど、そこにうまくハマった感もある。
(2025年現在一番オタクとしてハマっているコンテンツ、アークナイツでも人外の見せ方がうまくて、人外って萌えだなルンルンとしていたので、ガイアケアの世界観が今出てきて本当にタイミングがよかった。個人的に。)

ちなみに私は半獣とか獣人とかより、上位存在としての人外、人間より合理的あるいは俯瞰的視点をもつ人外が好きなので、亜獣/付喪/越境者のなかでは付喪が好きです。付喪の可能性たくさんある!
回し終えたばかりの「霧中復讐鬼談」の融人キャラも付喪できてくれたんだけど、「付喪ってこういうエモがあるんだな〜」というのを発見できました。付喪の可能性たくさんある!

ガイアケアは世界観や公式シナリオの雰囲気も、今まで遊んできたTRPGシステムのなかで一番あっているんだよな。公式から出ている団体やNPC全部好きだ。え!?そんなオタクに嬉しいことがあっていいんですか!?って書籍版ルルブを読みながらずっと言っていた。
公式で人体?実験の話をしてくれてありがとう。鮫島一家の赤隈くん! 君のような存在が公式のNPCとしていてくれる喜び。本当に大感謝……(静かに拍手をする)
赤隈くんのところ、私が「ふっ…」って萌えの笑みが抑えきれないようなことしか書いてないので見てほしい。しかもちょっとディープな方の萌えだよ。
今出ている公式シナリオの雰囲気もシリアスっぽいし、そういう重めな雰囲気をやってもいい世界観なのかなって思っている。地球外生命体とか、超常的な存在とかもいるけど、メインは人間としてのキャラクターで、人間社会の生活のなかでの話だから、そこも自分には合ってるな〜と思います。私は児童(特に海外)文学や名作ファンタジーRPGを軒並みすっ飛ばしているために、ファンタジーとバトルの素養があんまりなくて、現代や人間社会の話のほうが馴染んでしまうんだよね(好きなジャンルはホラーだし、映画も現代邦画をよく見る。ホラーの舞台は基本的に現代が多い。)。

それから、私は昔からTRPGで遊んでいたわけではなくて、クトゥルフ神話TRPGの流行りに乗って本格的にTRPGをはじめた人間なので、そのあたりの流行りをふまえて作られたシステムなのもありがたい。ダイスタスチームありがとうございます! 遊びやすさとエモーショナル要素がちょうどいい! 共鳴感情を設定できるの大好き!! キャラの共鳴感情考えてるときに幸福を感じる!!
あと、エモクロアTRPGに引き続き、コンバート大歓迎だよって姿勢なのも個人的に嬉しい。私は別世界線とか、もしあれがなければこうなっていたかもという可能性とかを考えるのが大好きなので!(余談だが、この点でもアークナイツは性に合っている。もしバッドエンドルートに入ったら、を、公式がコンテンツの一つとして懇切丁寧に出してくれるんだもの。……なんてゲームなんだ……)

世界観が本当に好きなので、自分でもシナリオもりもり作りたいぞ。
1月にシナリオ投稿企画あるので、まずはそれに向けて1本書く! フォロワーといろいろ考えているものがあるので、それらもちゃんと出していきたい。

今なら新しく公開されたばかりで全然終える情報量なのも、個人的には有り難いというか、盛り上がりの熱になっている。やっぱ、オタクとして、最新の情報を吟味して一喜一憂する、そのジャンルの最先端で見ていくっていう行為が好きなんだよね。
他の(私が好きな)TRPGシステムは私の参入が遅かったり、情報量が多かったりするのがあって、把握して追っていくのは難しい状況であるから…

アークナイツに引き続いて「これだね…」というジャンルに出会えたの嬉しいな〜これからもガイアケア遊ぶぞ……11月23日に出る公式シナリオ「ディビディビ」もすごく楽しみにしているぞ……


#ツイート  #萌え語り #オタク #喜び  #TRPG


以下もTRPGに関する話題ですが、今まで私はこういうのがしっくりきてなかったかも!という、トーンとしてはややネガティブな話なので隠します。

一番遊んだTRPGシステムはクトゥルフ神話TRPGで、好きなシナリオもたくさんあって、「楽しい〜〜!!」って思っているんだけど、ベースであるクトゥルフ神話について、魅力的には思っているが、元々好きで詳しいというわけではない、つまりマニアではない、というところにずっと心苦しさがあったので、ガイアケアは特に原作のない世界観で、その点も気が楽だなと思った。
TRPGきっかけでクトゥルフ神話について色々わかりはじめたところはあり、好きだけど、ときどき元からクトゥルフ神話が好きな人をみると「あっ、こちらニワカですみません…」と思うこともあって地味に心苦しかったのだ……いや、楽しいんですけど! 好きなんですけど、クトゥルフ神話TRPG!!
これは私がずっと二次創作をやってきたオタクで、やはり原作をよく解釈しよう…という動きがベースになっているというのがあるから、感じていることだと思う。解釈、あるいは自分のなかで咀嚼するっていうのがメインにあるんだよなあ。だから「ぐぬぬ、ちゃんと解釈できるところまでわかってないな」ってちょっと不完全燃焼感があった。
あと、これは原作をきちんとすべて理解できているから解釈が違う可能性も大いにあると思うんですけど、元々コズミックホラーテイストのものに対して、そのテイストじゃないものにするのってどうなんだ!? 原作の空気感はリスペクトしたほうがいいのでは!? というところも感じていて、クトゥルフ神話TRPGの、いわゆるトンチキシナリオ・ギャグシナリオがあんまり楽しくないなあとも思ったんですよね(あくまでも私が遊ぶときの話です。このあたりはこじらせてるなあという自覚がある)。
うむ。こんなにたくさんシナリオあるんだから、自分がより楽しく・好きなジャンルのシナリオを選んでいっていいだろう……逆にいえば、シナリオのジャンルで選り好みしてもいいくらいのシナリオ数があるんだから、本当にすごいな!

うお〜んこのあたりをぽろっと言えてよかった! じつはうじうじと悩んで?いたから……
書いてすっきりした。



余談of余談
しかし、好きなもの、激萌えしたものについて語ると、自然とアークナイツにもどこかしらで言及するので、マジでアークナイツのことが好きなんだな……

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あなたにとって成長はなんですか?

レジーさんの新刊の「はじめに」の最後にこの問いがあったので考える。

私が「成長」と聞いたとき、身体的なものではなく、精神的なものであれば、「できなかったことができるようになる」、かな。
もっと細かく言えば、「考えられなかったことが考えられる、結論がつけられるようになる」ことが、成長だと考えている。

社会的地位や年収より、「より知的になれているかどうか」のほうを「成長」と考えているな。

サイレン清掃株式会社 ネタバレあり
6月3日時点での自陣のキャラクター性の魅力について

本当に「サイレン清掃株式会社」楽しい〜〜! ストーリーが楽しいのはもちろんのこと(これにはKPの尽力もあると思います、本当にありがとうございます)、それぞれのキャラクターが本当に魅力的で、ここまではまっているんだなと思ったので、まあ私から見た各々のキャラクター性の魅力について語りました。すべての情報が出切ってないところで語るのも良くない話ではありますが、現時点の所感をまとめたくて。
冷静にそうとうハマっているな。いや〜好きなんだよ……

!全部個人の解釈です。
!そこそこ断定してますが、語りかたの癖みたいなもんで、解釈を押し付けるつもりはありません。


まずね、HO1の点睛さんね、点睛さんの魅力はね〜オタク的に言うとあの絶妙な闇加減ですよね! 現状のガワとしては優しさがあるわけで、別にそれが偽物ではないのですが、彼は善人ではないという、絶妙さね…。点睛さんの優しさ(人当たりの良さ)って、全部根拠があるわけですよ。こう思われたいからこうしよう、こうした方がいいと考えるからこうしよう、っていうさぁ。ロジカルな優しさ。これはキャラをよく考えているからこそできることだし、マコトさんすげ〜考えて作り込んでるなと素直に感心します。
点睛さんは他の人のことを考えてるときと、他の人のことを考えなくてよくなったときのギャップがね、魅力ですよね。
性格悪いオタク萌えポイント:根拠のある優しさは、根拠を崩せば隙となり、地獄をみせるポイントになります!ありがとうな。


HO2の竜貴さんは、まずビジュアルが全オタク待望!これが答えだ…みたいな感じで超かっこいいんですよね、竜貴さんが嫌いなオタクいないよ。狡噛慎也だよ(なかつ注:なかつは狡噛慎也のキャラクター性に「萌え」を感じていないが、かっこよすぎてグッズを買う、見つめるという事案が発生しており、「個人の嗜好を超えてくる、あらがえないかっこよさをもつキャラクター」のことを狡噛慎也に例えている。狡噛慎也と竜貴さんが同様のキャラ属性をもつという意味ではない)。
この見た目でもっとかっこいい系キャラに寄ってもおかしくないところ、コミュニケーション上の振る舞いは「まとも」なの、たまらなくないですか? 職人の技……。
でも「姉さん」の存在で一気に不穏になるところ、本当に好きだ。竜貴さんの魅力というか、ここが好きだな〜というのは、正気と狂気の壁がすごく低いところでさ、スムーズにこの間を行き来するところがぐっとくる。
性格悪いオタク萌えポイント:普段の振る舞いから正気しか持っていないとモブに勘違いさせることが可能!かわいそうなモブが量産できて嬉しいね。勝手に絶望してくれないか、そこのモブさん……


HO3の竜太くん、私がずっと「かわいい」しか言っていなくてキモいんですけど、本当にずっとかわいいんですよね。どうしよう。竜太くんの実直さや真面目さは、その環境にも起因するものだと思うのですが、そこがすごくいい! 口下手だけど考えていないわけじゃないし、その考えを放棄しているわけじゃないのが、人間経験少ない感じがしてかわいいね。またかわいいって言っちゃった。
でも、幼さに帰結するわけではなく、ドライなところはドライなのがかなり竜太くんの魅力の大幅アップに貢献しており……。ステゴロで人を殺すんですよ? 一番直接的なんですよ? 一番やばい殺し方してるところが好きだ……。肉体面は強くて精神面は(そこまで)強くない(と思っている、なよなよしているわけではないけど、傷はあると思う)、オタクは好きだよ。
性格悪いオタク萌えポイント:過去の環境に性格悪いオタクが付け入る隙がありすぎる! 教育によくない環境の創造は任せてください。


いや〜みんなキャラメイクがうまいな。
あと、みんなに共通して言えることなんですが、職業「殺し屋」なのがね、いいですよね。みんなね、コミニュケーションとってくれるんですよ。常識のある振る舞いはできるんですよ。でも人をいっぱい殺しているんですね〜〜終わりだ〜〜悪意はなく狂気に飲まれていないが、善人ではなく世間的には狂人である。最高!
言動にそのキャラクターの情報を組み合わせるとぐっと深みがます味わい! 酒が進みますね。私はキャラクターに対する共感ではなく、客観的にキャラクターを取り巻く(キャラクター自身も知らない情報もふまえ)状況をみて、勝手に「あーあ」となるのが好き、つまり観客席から眺めているのが好きなタイプなので、本当に楽しい。そして全員、キャラクターの設定や思考をきっちり詰めてきてくれるので助かりますよ! 聞いたら情報が出る! 私のような解釈厨にはたまりません! すべて助かっている!
こんなの普通に二次創作するしかないよ!(捗るさまざまなもの)


以下、HO4の話(秘匿の話はしていないが漏れ出ているものがあるかもしれないのでやや空けます)














コミュニケーションをとってくれるところ、マジでHO4のキャラクター的に助かった! 引かれて離れられると一人でおかしなことするだけのキャラになりそうだったので……。そういう意味でやりやすかったな。
毒悪のキャラ、私は楽しいけど博打ではあったので、楽しんでくれているなら何より。

これは余談ですが、「なんだこいつ変な奴だな」から、「ん?」となる箇所があれば嬉しいな。全部わかったあとに見返すと、「あーなるほどね」となるように振る舞ったつもりではある……まあすべては自己満足ですが。

#ツイート  #萌え語り #探索者の話  #サイレンポカリ班 
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最近考えたことの雑記です。

①コミュニケーションについて
②友だちは多い方がいいという残酷な現実について

#ツイート  #イマジナリー大衆 #考えたこと




①コミュニケーションについて
昨日、会社の同僚とご飯を食べながらコミュニケーションについて話をした。話の入り口としては、情緒不安定な人に対しての話だったのだが、最終的にはコミュニケーションの話に落ち着いた。そこで「みんなコミュニケーションを甘くみすぎている!」とお互いに語っていた。(ちなみに、「メンヘラ」系と「鬱屈」系についても(主に私が)語っていたのだが、これを「開放」系か「閉鎖」系かと表現した同僚はやはりすごい。たしかにそうだ。自分を超えて周囲に影響を求める鬱鬱具合か、自分のなかで閉じこもって鬱鬱具合か)

自分の主張を相手に伝えることが「コミュニケーション」じゃないんだよなー。
そうすると声のでかい人がコミュニケーション強者となってしまうので、ちょっと違うんだよな。声がでかいからコミュニケーション強者というのは、けっこうよくある勘違いだと思うのだけど(特にオタクで)、意外と周りがあわせてあげている/聞いてあげているという状況もあると思う。わざわざそうしていることを言うと面倒だから、そのままにしておくと、「私の話聞いてくれている!」と勘違いして「私はコミュニケーション能力がある!」と勘違いする人が出てくるわけだが。まあ、コミュニケーション能力があるかないかでいったら、ある方だと思うけど(ない人は本当にないので)、コミュニケーションがうまいかというと、そうでもない。もっとコミュニケーション能力が高い人はいるだろ!


②友だちは多い方がいいという残酷な現実について

声がでかいことがコミュニケーション強者だと感じている人、おそらくコミュニケーション能力が本当に高い人と会ったことがないんだろうなぁ!
もっといろんな人と会った方がいいですよ!

ということで、ここ一年以上ずっと感じていることについて。最近、いろんなことに対して「友だちは多い方がいいよな!」と感じる。
マジで残酷な話なんですけど、友だちは多い方がいい。もちろん、心を許せすべてを話すことができる「親友」レベルの人はそんなにいなくてもいい。ただ、相手がどう思っているかは置いといて、こちらとしては友だちと言いたいのだけど…という人は、多い方がいい。何が言いたいかというと、「たくさんの人間のパターンを知っておくと良い」ということだ。
今はとにかく情報が多いうえに、一旦思考がロックされると抜け出せなくなっている(似たような意見・情報がいくらでもサジェストされる)。それを防ぐには、いろんな考え方の人の意見を見ることが大切だ。ただ、結局、いろんな考えの人をインターネットで探しに行っても、ある程度偏ってしまう。
類は友を呼ぶで、まあ自分の周囲にいる友だちが一定の方向性をもっていることはあるだろうけれど、数を多くすれば、そこそこばらけてくる。しかも思考の方向性が似ていたとしても、持っている情報が違って、知らなかったことがわかったりもする。

この前、宇野さんと箕輪さんの対談動画(無料版だけど…)を見ていたら、「(これから)一次情報・生データにアクセスできる信頼できる友人を持っている人だけが検証コストが低い情報やその解釈に触れることができる」ということを言っていて、「う、うわ~~~~!」と苦しくなった。でもたぶん、そうなりつつあるのを感じつつあると思う、いろんな人が。もうなってる。

誰かに教えられる、一方的に発信される、じゃなくて、「あ、そうなんだ~!」という気軽さで、どれだけ多様な情報・考えに触れられるかが、今後重要なんじゃないかなって思うんですよぉ!
で、でもそれって、あまりに残酷じゃないですか?! 全員友だちが多いわけないじゃないですか!!
友だちは多い方がいいって当たり前だけど、友だちが多い人の友だちって、友だちが多い人なんですよ!!(泣きながら)

格差の話がいろいろなところで言われているけれども、じつはこの格差もけっこう深刻だなぁと私は思うんですよね。考えるたびに、きっつーって思うわけですよ。そしてこの話の苦しいところは二つあって、一つは「好きなものを通じて知り合った友だちじゃだめで、ある程度雑多な人々がいるなかでできた友だちが非常に有効」ということ。似た人間がいくらたくさん「友だち」でも、まあ多少は広がりはあるものの、考え方や情報の広がりはそんなにない。でもSNSは好きなもので繋がる友だちをつくる方が簡単。きっかけが好きなものが一緒だった、は全然いいんだけど、まったく一緒じゃない、くらいの友だちがいいんだと思う。最近、考えが近い(つまりそばにいてストレスが少ない)「友だち」を選ぶことが多い、ような? ううん。
もう一つは、人間関係を切ることが簡単になったこと。SNSやってるなら、そのなかで知り合った友だちも一定数いると思うんですが、その友だちと疎遠になるって、SNSのアカウントをブロックないしは削除すればいいのですごい簡単。というか、オタク界隈では「ジャンルの切れ目が縁の切れ目」という言葉があるし、ジャンルごとにアカウント分けることもできるし、人間関係が総じて軽くなっている気がする。で、でも、友だちってそんな簡単に切れないものだったのでは? いや、切れないことの苦しみもたくさんあるけど、前提として友だちの有効期限というか、友だちである期限が短くなっているような。

人間たち~~~~!!!

いやもう、見てて「大変そうだなぁ。たぶんこの人、友だち少ないんだろうなあ。認知している人間のパターンが少なすぎるよ」と思う案件が複数あるよ。

↓宇野さんと箕輪さんの動画(無料)。私の好きな陰キャと陽キャの組み合わせなので、ニコニコしながらオタ活として見ていました。このお二人も、知り合いというか友だち何だと思うけど、性質は全然違う訳で。


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オールマイティ型の天才を好むオタクです(自己紹介)

唐突だが、私は「めんどくさい」種類のオタクである。
お互いラブラブで大団円ハッピーエンドよりも後味がよろしくない読後感に大喜びするし、ある種のキャラを心の座敷牢(過去記事参照)にぶちこむし、「なかつさん好きそうですよ」とおすすめされた作品はほとんど見ないし(もし、私があなたにおすすめされた作品を素直に鑑賞したとしたら、私はあなたの大脳を敬愛しているということである)、TLで一定以上見かけた(流行った)ジャンルは澄ました顔で避けたりする(そういうものに限って、後から鑑賞してハマることがある。愚かの極み)。

まあそういう「めんどくさい」オタクである私が、最近気づいたのは、私のなかで「天才」として捉えているキャラクター像と世間一般(主語広げすぎかもしれない)の「天才」と捉えているキャラクター像のずれである。
※なお、ここから先、私が一方的に誰かに対して怒っているように見えるだろうが、それは私がSNS上で摂取した、大多数のツイートを見て生み出した「イマジナリー大衆」に対しての怒りであり、特定の誰かに対するものではない。

よく「天才」として扱われるキャラクターで、一つの才能に特化し、人間性であったり、社会性であったりに乏しいことがある。
そういうキャラクターは、才能が有効となる場面では周囲を圧倒するが、それ以外の例えば日常生活の場においては、一般人に迷惑をかける/劣っていることが多い。
だが私にとって「天才」というものは、一つの才能に非常に恵まれているだけでなく、それ以外も人並み以上にできてしまうもの??である。
同居人にこの話をしたとき、一つの才能に非常に恵まれた「天才」を「一点突破型」と呼んだ。しかし、私が好きな、そして真に「天才」と呼びたい人物は、「オールマイティ型」なのである。すべてにおいて一般人を圧倒している人。すべてにおいて優れている人。他の人がどうしてできないのかわからない、なんてことはない。他の人のレベルも理解し、噛み砕いて教えることができ、気を遣える人。天から才を持たされた人間。
だから、「天才」キャラ好きなんだよね、と言った時に、けっこうな確率で話がずれる。私は「オールマイティ型」の話をしているのに、向こうは「一点突破型」の話をしている。そして、なんとなくだが、「オールマイティ型」の天才については、想定されていないことがある気がしている。

なぜ私は「オールマイティ型」の天才が好きなのか?
そのことを考えると、いくつか思いつく理由があったので、メモとして残しておくことにする。

①カリスマが好きだから
私が「天才」と同様に好む属性として「カリスマ」がある。この二つが揃っているととんでもなく萌えるのだが、カリスマは人望や社会的地位を持っていることが多い。そうなると、それなりに生活ができるか、性格がしっかりしているか、というキャラになる。

②特に好きな分野が「科学」だから
私は「科学」にまつわるものが大好きだ。なんだかんだ科学の側にいながら時間を過ごしてきた。当然、科学者(実在の人物も、フィクションのキャラクター)も好きだ。
優れた科学者というのは、才能一点突破型の人間もいることはいるのだが、本当に実力を残すような人間は、「オールマイティ型」であるような気がしている。なぜならば、科学者として長年活躍するためには、研究室を運営し、実験をマネジメントする能力が必要となるからだ。実験だけできればいいというものではない。

③一点突破型の天才は金持ちで事足りている
これは昨日くらいに気づいたことなのだが、一点突破型の天才??つまり、一点の才能に特化していて、それ以外で劣るところがあるキャラクターについて、私は金持ちキャラで満足しているのだ。
私が好きなキャラクター像に「金ですべてを解決する金持ち」というものがあるが、このキャラクターは多くの場合、「資産」というステータスはあるが、性格が良くない。優れた点が資産のみなのだ。
ようは一点突破型の天才とキャラクター像が被っている。
なんだかこの③の理由が一番影響しているような気がして、だいぶ自己嫌悪である。私は金持ちキャラが好きだ。スネ夫とか冷静に考えると萌え萌えかもしれない。

④一点突破型の天才は西尾維新と成田良悟で事足りている
これも大いにあり得るぞ。お二人とも大好きな作家で、作品に出てくる尖った天才たちは大好きなので、そのあたりはもう超えられないな?と思っているのかもしれない。


すごくどうでもいいことを語った気がするが、たまには自分語りをしたくなるものだ。
どうか「めんどうなやつだ」と笑って、ご放念ください(無責任)。
もし、「私もオールマイティ型の天才が好きだよ!」という方がいたらこっそり教えてください。握手をしましょう。

#ツイート  #萌え語り #イマジナリー大衆


(以下まじどうでもいい余談2こ)

なお、完全に余談であるが、上記をみてもらうとわかると思うが、私は「秀才と天才の関係性」には興味をもたないどころか、50%の確率でキレ始める。秀才と天才が対比されるときは、天才が人間らしい弱みを見せるか、天才が人間性に乏しい場合が多い気がする。そうなると、私の求める天才ではない。
あえて関係性を持たせるなら、凡人と天才がいい。最近流行ってないですか? 秀才と天才のCP……もうブーム過ぎました?

なお、完全に余談その2であるが、「オールマイティ型」の天才を想起するかどうかは、もしかしたら実際にオールマイティ型の天才にあったことがあるかどうかで変わってくるのかもしれない。上記で述べたように「科学」の分野で優れた人をみていると、オールマイティ型がそこそこいる(医学分野もそうかもしれない)。畳む
オタクは生きるべきか、死ぬべきか?

どうでもいい話ではあるが、最近のオタクは好きなキャラの供給があったり、好きな二次創作があったり、好きなキャラを見つけたりすると、「栄養がある」「(命が)助かる」と、自分が生き生きとする表現が多くなっている、という話題がちょくちょくあがる。

たしかにその傾向はあると感じている。
少なくとも、私が高校生の頃には「栄養がある」という言い方はなかったように思う。どちらかというと「死」とか「爆」とか「墓」とか、死に近い表現があった。

熊代亨先生の新刊、「人間はどこまで家畜か」のなかに、現代は死が遠いという話があったけれど、これが上記の語彙の変化にも関わっているのかもしれないと、ふと思った。

加えて、オタクの主体化(萌えから推しにみられるような。)があって、オタクの語彙は死が近いものから、より生を感じるものになっているのかもしれない。

オタクは生きるべきか、死ぬべきか。
むろん、生きた方がいいのだろうが、どうにも私は墓穴を堀り続けているような感覚がある。

人間はどこまで家畜か (早川書房)

#ツイート  #イマジナリー大衆  #オタク
激萌え!萌えすぎて忘れられない小説5選~なかつ編~

!萌え特化の感想を書いています。ご注意ください

瀬名秀明「デカルトの密室」「第九の日」
シリーズなので2冊まとめて紹介。永遠の激萌え小説。オールタイムベスト萌え小説。やはり尾形祐輔がking of UKEであるので、尾形祐輔に爆萌えしているが、地味に青木もかなり萌え。フランシーヌは最高。
すべての性癖はここに通じる。女×男CP、車椅子ロボット工学者監禁と尊厳凌辱、ただならぬ関係、諦め、幼女に無理やりチューされる中年男性、人間を辞める人間、世界の記述。影響を受けまくっている小説。

麻布競馬場「令和元年の人生ゲーム」
理想のBL小説、ここにあり――(?)。本当に最悪の感想なのですが、1話の「僕」が沼田を抱いてくれるような話が私の見たいBL小説の極致です。あと3話は長谷川←僕が強すぎる。長谷川と僕も学生時代に寝ていてくれたらまじで本当に最高ですそれが見たかったって叫んでその場で命が尽きるかもしれない。
でもこの小説が理想のBL小説にかなり近づいているのって、どうなんだろうな、ってなぞの孤独を感じている最近です。いやあの、私がたぶん、私がBLで見たい人たちってこういう人たちなんですよね、という、さ、あの。

遠藤周作「海と毒薬」
戸田と勝呂はさぁ!!!!!ねえ!!!!!これはみんなも激萌えでしょう!!!!!!!!!!フォロワーの二次創作のおかげで、柴田と浅井もだいぶきています。戸田が好きすぎる。黒髪短髪のおどおどしている男に萌え始めたのは、おそらく勝呂が原因。

伊藤計劃「虐殺器官」
忘れちゃいけない激萌え小説。これはキャラクターとかBLとかだけじゃなくて、作品や文体の雰囲気もかなり萌え~という感じです。私が好きなのはこういう作品です。クラヴィス・シェパード……。

入間人間「花咲太郎は覆さない」
花咲太郎と木曽川シュンに激萌え。木曽川シュンは、まじで絶妙なキャラ設定で本当に好き。それを「わーうるさいなー」と受け流している花咲太郎大好きだよ……。絶対に花咲太郎の「大切な人」にはならないだろう木曽川シュン……。

京極夏彦「陰摩羅鬼の瑕」も、大好きな小説だし、激萌えなんですが、激萌えしてる由良昂允については、どちらかというと「好き……嫁にしてください……」というたぐいの感情なので、恥ずかしくなって入れませんでした。
#萌え語り #今日の胡乱
「推し」という語について

最近は意識的に使わないようにしてる。まあ天の邪鬼だから、世間の「推し」っていいよね!という流れに、「フン( ´ー`)」となっているのはというのが大きな理由の一つだが、もう一つ、「推し」って言葉は推す主体である「私」がいての行為で、私の能動性がかなり感じられると思うのが避ける理由だ。
私はかなり自分が嫌いなので、「私」の存在を感じさせるものはけっこうきつい(応援上映とか)。
「萌え」も萌える自分はいるのだけど、「推し」よりは能動性が低く感じられるので、最近は「萌え」に回帰している。「好き」でもいいのだが、私の嗜好は性格の悪いところがあり、心のなかに生じる微弱な罪悪感のニュアンスは、「萌え」のほうがしっくりくる。

……など、というのを、下記のツイートをみて改めて考えました。いや、下記のツイートの内容と↑の文章は、「推し」という語を使いたくないね、というところしか共通点がないのだけど。(ただ、言いたいことはわかるし、最近の一部で発生している「推し」忌避は、このへんの考えからだろうと思う)(あと、企業に乗せられたくないという気持ち)(資本主義に消費されるもんではない!という気持ちがあるのかな)

#ツイート  #萌え語り ←なのでタグも萌え語りにしてる
用語解説・座敷牢案件

※このテキストは、私(なかつ)が自分の嗜好を説明するにあたり、独自に定義した用語を解説するものである。

【概要】
「座敷牢案件」とは、主にキャラクターに使われることが多い用語である。ここで言う「座敷牢」とは、後述する「心の座敷牢」を指すものであり、物理的な座敷牢とは(重なることもあるが)厳密には異なる。

【心の座敷牢とは】
 私の嗜好の一つとして、かわいそうなキャラにかわいそうなことをするという治安の悪いものがあった。大部分に救いがなく、治安が悪い妄想であることは自覚しており、SNSなどで時折触れていたものの、実際にはSNSで出せないくらいのあれやこれやのひどい妄想が多々あったが、さすがに表には出していなかった。
 妄想のなかでそのような(ひどい)扱いをされるキャラクターに対しての自分の行いを鑑みたとき、状況としては座敷牢にこっそり閉じ込めているようなものだと考えた。この表現が自分でもしっくりきたため(また、実際に大体他人から見えないところでかわいそうな扱いをされる妄想が多々あったため)、この種の妄想について、「心のなかの座敷牢でそういうことをしているんだけどさ。」と友人たちに語るようになった。
その後、ひどい妄想を楽しんでしまうキャラクターかどうかを語るために(すべての好きなキャラクターにそのようなひどい妄想をするわけではない)、「(心のなかの)座敷牢にぶち込んであれやこれやの妄想をしてしまう案件(キャラクター)だ」という表現をしはじめ、「座敷牢案件」という言葉が生まれた。
派生として、心のなかの座敷牢にぶち込みたくなるキャラクターかどうかの判定を「座敷牢検定」と呼ぶこともある。

例文:「3話に出てくるこのキャラが座敷牢案件で興奮した」


【心の座敷牢で行われているような妄想例】
さすがに割愛する。知りたければなかつに直接尋ねてほしい(自己責任)。

※なお、内容が過激というよりは、非常に性格の悪いものなので、私が妄想を語ったことにより私の性格の悪さに引いてしまうのはやめてほしい、あなたが聞いたのだから責任を取れ、という意味合いで、「自己責任」という語を使っている。


【歴史】
「座敷牢案件」として長年私に認知されてきたキャラクターはとあるシリーズのアウレオルス=イザードである(心の座敷牢は彼のためにできたようなものだ)。
令和に入り、自キャラの新田明朗も「座敷牢案件」を代表する人物となっている。気弱な性格・自己肯定感が低いなど、本来の座敷牢のじめっとしたイメージから連想しやすいこともあり、最近の「座敷牢案件」は、彼のようなキャラクターかどうか、を指すことも多くなっている。
余談であるが、新田明朗は自分のつくったキャラクターであり、自分の考えたキャラクターにならまあひどいことしてもいいでしょ、という罪悪感の減少により、心の座敷牢に収めるべき妄想が漏れ出していることが多い。よくないぞ!


【座敷牢案件とする目的】
もちろん好みの妄想をして満足するためだが、大きく分けて2種類がある。
①すでに救いのないキャラクターについて、その救いのなさを完璧にし、純度の高い救いのなさ(あるいは絶望)を楽しむ(例:アウレオルス=イザード)
②気弱な性格のキャラクターへの加虐趣味(例:新田明朗)
 →この場合、ただかわいそうなだけでなく、加虐に対して被虐側にも何かしらの瑕疵があることが非常に重要となる(完全な加虐ではない)

①は理念のために生きてきたことが多く、②はいわゆる「愚か枠(後日用語解説が必要かも)」であることが多い。畳む


#ツイート  #今日の胡乱  #萌え語り