2025年5月28日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
2025年5月23日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
二次創作の感想をもらう機会が複数あり、大変嬉しい限りなのだが、原作から提示されている情報以上のものを感じるという趣旨のことをおっしゃっていただき、本当に有難い限りである。
基本的に私は、行間を読むというよりは、導き出される可能性、あり得た日々の弔いとして二次創作をしているところがあるので、原作の向こうにうっすらと透けて見える時間を感じてもらえたら、私が見せたかったものを見てもらえているということなので、この上ない幸福である。
そして私が一番二次創作が捗るのが、最終的にはうまくいかなかったが、あのときはうまくいくと思ったんだ、という二人をテーマにしたところなので(米津玄師の曲のなかで一番好きなのは「メランコリーキッチン」です)、大体は「最後はああなってしまうけれど、こういううまくいった日もあった」という小説もどきを書いている。ここ数年、まじでそればっかり書いている。幸福の葬式ばかりしている。嫌なオタクだ。
あと、NPCやらモブやらに肩入れしがちで、二次創作生活の半分くらいはモブ派遣をしてきたので、情報量が少ないところから妄想を広げるのは大得意だ。アークナイツのNPCは少しの情報でしっかりとその人のことがわかるので、本当にありがたい。でも急に追加情報出てくるときもあるから油断ならない。NPC大事にしてくれるゲームは大好き。MO:Astrayとか(死んでるモブすべてから生前の情報を読み取ることができる、素晴らしいゲーム)。
どうでもいいが、上記で述べた私の二次創作スタンスをあまりによく表しているのは、くるり「愉快なピーナッツ」の出だしだ。そのまんまなので興味があったらぜひ聴いてみてください。ちなみに「How to go」という曲も同人誌つくるときは大体1回は聴きます。
今はゲルトルーデとツェルニーの本を来月のオペサスに向けて作っています。全然本文書けてないけど、この土日で頑張ります。ネタは決まったんだ。あとは頭のなかから出すだけなんだ。それが一番大変なんだけどな。
(これまた短編集なんだけど、最後の話をめちゃくちゃ読んでほしいので、発行したらめちゃ宣伝します)
いろいろと嬉しかったのでとりとめなく書きました。ありがとう。また私の二次創作読んでくれたら嬉しいな。
#ツイート #オタク #萌え語り #感謝
基本的に私は、行間を読むというよりは、導き出される可能性、あり得た日々の弔いとして二次創作をしているところがあるので、原作の向こうにうっすらと透けて見える時間を感じてもらえたら、私が見せたかったものを見てもらえているということなので、この上ない幸福である。
そして私が一番二次創作が捗るのが、最終的にはうまくいかなかったが、あのときはうまくいくと思ったんだ、という二人をテーマにしたところなので(米津玄師の曲のなかで一番好きなのは「メランコリーキッチン」です)、大体は「最後はああなってしまうけれど、こういううまくいった日もあった」という小説もどきを書いている。ここ数年、まじでそればっかり書いている。幸福の葬式ばかりしている。嫌なオタクだ。
あと、NPCやらモブやらに肩入れしがちで、二次創作生活の半分くらいはモブ派遣をしてきたので、情報量が少ないところから妄想を広げるのは大得意だ。アークナイツのNPCは少しの情報でしっかりとその人のことがわかるので、本当にありがたい。でも急に追加情報出てくるときもあるから油断ならない。NPC大事にしてくれるゲームは大好き。MO:Astrayとか(死んでるモブすべてから生前の情報を読み取ることができる、素晴らしいゲーム)。
どうでもいいが、上記で述べた私の二次創作スタンスをあまりによく表しているのは、くるり「愉快なピーナッツ」の出だしだ。そのまんまなので興味があったらぜひ聴いてみてください。ちなみに「How to go」という曲も同人誌つくるときは大体1回は聴きます。
今はゲルトルーデとツェルニーの本を来月のオペサスに向けて作っています。全然本文書けてないけど、この土日で頑張ります。ネタは決まったんだ。あとは頭のなかから出すだけなんだ。それが一番大変なんだけどな。
(これまた短編集なんだけど、最後の話をめちゃくちゃ読んでほしいので、発行したらめちゃ宣伝します)
いろいろと嬉しかったのでとりとめなく書きました。ありがとう。また私の二次創作読んでくれたら嬉しいな。
#ツイート #オタク #萌え語り #感謝
2025年5月16日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ふと、私が妄想をするとき重要視しているのは、基本的には精神的にどこまで動揺(もっと直接的に言ってしまえば「負傷」なのだろうが、私の性格の悪さがあまりに見えすぎていていたたまれないので、以下、「動揺」とする)しているかであって、性行為のときにどっちが突っ込むか突っ込まれるか(簡単に言えば攻めか受けか)ということはあまり重要視していないな〜と思った。
妄想の対象となるキャラが、私の見たい動揺を見せてくれるのが、攻め、あるいは受けのどちらかのポジションに限ったときであれば、当然そのキャラは受けだ攻めだという議論になるが、私が見たい動揺が見られれば、突っ込まれようが突っ込もうが喜んで見る。要するに私が重要視するのは内面のシチュエーションであって、外面(見かけ上の)シチュエーションではないということだ。
だから二次創作を閲覧するときは好みの内面の動揺があるならば、CPが何であろうがわりと見る。これは最近のフジョシの傾向(肌感覚ですが)としてはNGなのかもしれない。CP固定の人はきっと私のような存在を遠ざけるのだろうが、これがまあ個人的にはけっこう悲しくて、こちらは何もしていないし、もちろん向こうも何もしていないのにはじめから近寄れないという事実にはちょっとしょんぼりする。(ただ、気持ちはよく理解するので、それが悪いというわけではない。私だってCPとしては雑食だが、好きな内面シチュエーションがはじめから合わなそうと思って近寄らないと決めている人はいるし。単に感情として寂しいな〜という話だ。これは私の日記なので、それくらい個人的な感情を書いてもいいだろう)
急にこんなことを書いたのは、TRPGでまあいわゆる「うちよそ」を考えるときに、攻めとか受けとかあんまり気にしねぇな、それよりも好きなシチュエーションが見られればそれでいいなと思ったからであった。
まあ……このキャラは攻めかな〜とか受けかな〜と作ることはあ。だが実際にセッションを進めてみて自分の思惑からずれたとしても、私には「モブ」という最強のカードがあるので、それを使えば場外でどうにでもなるというのがある。禁じ手かこれ!? 脱法行為!? 本当にすみません。
あ、上記でめちゃくちゃシチュエーションがよければ何でも見る雑食ですという顔をして語っていますが、唯一デュシャン×世界だけは拒否しているのでよろしくお願いします。世界×デュシャンしか勝たん。せかデュですよ、デュせかじゃなくて。(※この段落については何も理解しなくていいです)
#ツイート #オタク #萌え語り #今日の胡乱