241212_記念SS_1

 待ち合わせ場所に現れた新田は、喪服に身を包んでいた。光沢のない、黒一色のジャケットにネクタイ。その深々とした黒は、明らかに仕事で着るスーツの類ではなかった。
「葬式?」
 俺が聞くと、新田は小さく首を横に振った。
「墓参り。お世話になった人の命日でさ」
新田は荷物を持っていなかった。スラックスのポケットが僅かに膨らんでいる。荷物はポケットに突っ込んで、手ぶらでやってきたらしい。お店どっちだっけ、と新田は周囲を見回した。
「いいの? そんな日に」
 あっち、と予約した居酒屋の方向を指差し、俺は念のため尋ねた。
「まあ、もう惰性みたいなもんだから。墓参りは終わったわけだし」
 さらりと答えて、新田は俺が指差した方向に歩き出した。

 居酒屋のカウンター席に隣同士で座ると、新田は黒いネクタイを外して、お通しの枝豆の横に丸めて置いた。その手つきは慣れたもので、俺も彼が大学卒業以来過ごしてきた時間の長さを感じさせた。
 新田は大学時代に知り合った友人で、今日は大学卒業以来だから——15年振りに再会だった。喪服を着ていることや、ネクタイを外す仕草が手慣れていること以外は、彼にさほど大きな変化はなかった。髪型も、どこかぼんやりした表情も、記憶のなかにあったものとさほど変わらない。隣同士に座ってみて、その横顔にしわを見つけて月日を感じるが、正直に言って、彼はあまり「大人」らしくなっていなかった。彼からみて、俺はどう見えているのだろう。ただのおじさんになってしまっているのだろうか。
 出されたビールジョッキの持ち手を握って僅かに持ち上げると、慌てて新田もジョッキを手にする。ジョッキのフチ同士がぶつかり、カチン、と音がした。互いにそのまま口元にジョッキを持っていき、半分ほど一気に飲み干す。
「コースじゃないからさ、適当に頼もうぜ」
 料理メニューを開いて新田と俺の間に置く。新田はページをぺらぺらとめくり、首を傾げた。
「迷うなあ」
「じゃあ、とりあえず適当に頼むぞ」
「うん」
 店員を呼び、適当に見繕った数品を注文する。ありがとう、と新田は控えめに呟き、枝豆に手を伸ばした。
「新田は今、何してるの」
「自分は、山小屋のバイトしたり、歩荷って言って、山の上に荷物運ぶ仕事したりしてる」
「そういえば山岳部だったもんな」
 新田は大学院進学を選んだが、その理由の一つが、なるべく長く大学の山岳部に所属していたいから、だったと記憶している。
「ともやんは何してるの」
 大学時代のあだ名で呼ばれ、俺は思わず吹き出した。ごめん、と新田が慌てて謝る。
「違う違う。ともやんなんて、もう全然呼ばれないからさ。懐かしいと思って」
 社会人になってからは、ほとんどの人間が苗字で呼ぶ。仲良くなった職場の先輩は、俺のことを名前で呼んだりするが、ほんの僅かだ。気づけば「友だち」と呼べる人間と過ごす時間は、めっきり少なくなっていた。働き始めるまで周囲にいた人間の過半数は、友だちに分類される人々だったのに。
「俺は食品メーカーの工場で働いてる」
「そうなんだ! すごいね」
 純粋な驚きと賛美のこもった返答に、俺の自尊心がじわじわとしわを伸ばしていく。きっとこいつよりは稼げているはずだ、と卑屈な自己肯定が、仕事帰りのビールくらいに沁みていく。
 大学での成績が下の中くらいであった俺にとって、新田の存在は貴重なものだった。彼は俺よりもぼんやりしていて、成績も良いわけではなかった。もちろん真面目で、基本的には良い奴だったが、どうにも要領が悪かった。俺はそんな彼の存在に、悪い意味で励まされていたのだ。彼の方は仲良くしてくれる俺を純粋に友だちとみていたが、俺の方は「友だちでいてやっている」というのが、本当のところだった。そうして、自尊心を保っていた。
「最近はどうなの? なんか面白いこととか」
 俺はなおも、新田によって自分の日常を慰めてやろうと尋ねた。この飲み会の目的は、ただ旧友との交流ではなく、本当のところはそれが目的だったのだろう。それを理解してながら、俺は自分自身にわかっていないふりをしていた。
「えーと」
 新田は枝豆の殻を皿の隅に寄せた。
「そうだ。来月はチリに行くよ」
「そうなの?」
「うん。国際登山隊のメンバーになれたから、3ヶ月くらい?は山登るために向こうにいるんだ」
 俺の心に不安が生じる。俺と彼の人生は、たしかに進んでいたのかもしれない。
「お土産買ってくるね」
 そういう彼の顔が、急に大人びて見えた。

 

新田明朗!いつも私のさまざまな欲望をぶつけさせてくれてありがとう!新田のおかげで私のオタクQOL上がりまくりだから!サンキュな!
そんなお前は、私が誕生日記念に喪服だしモブに見下されているSSを書いても許してくれるよな?!許してくれるって?サンキュな!

参ってた墓は、登山仲間のものです。かなりがっつり登山をやってるので、事故に遭ってしまった仲間もそれなりにいるだろうというね……
2024.12.12

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