BLCP:神マガ
「あのですねぇ」
声は澄んでいてとても綺麗に聞こえるが、その中にわずかながらも怒りが含まれていることがわかった。わかっているならやめればいいことだが、どうしてもやめることはできなかった。依存しているのかもしれない。神として情けないことかもしれないが。くるりとまた金色の長い髪を指にからめる。髪を持つ張本人は大層嫌な顔をした。
「やめてくれませんか?」
さすがに神には敬語であった。柔らかい物腰だがピンと糸が張り詰めているようなそんな緊張感、いやそれはきっと怒りによるものなのだろう、があった。指にまとわりつくものを引っ張る。痛い! と相手は短く叫んで、心底嫌そうな顔をした。
「やめてくれませんか」
もう一度同じ台詞。こちらが何も言わないからか、彼は大きく、長い疲れたため息をついて、つと顔を見てきた。いつでも微笑によって細められている瞳が、ほんの少し見える。綺麗な色だと思った。この髪と組み合わせるとなんとも言えない。神が髪観賞である。くだらない。自分の考えたことを鼻で笑うと、彼は嘲られたと思ったのか眉をひそめた。彼はプライドが非常に高く、けなされることを特に嫌っている。まるで子どもじゃないか。今度は本当に嘲る意味で笑った。彼はあきれたように肩をすくめた。
「どうしてそうボクの髪ばかり触るんです」
やめてください、と妙にひっそりした声で言って彼はまたこっちを見た。嗚呼なんて綺麗な瞳だろう。我ながら馬鹿の極みだと思うが、またもやそう考えてしまう。珍しく笑みの浮かんでいない彼の顔は端整で、金色の髪がよく似合った。バランスというものが取れているのだと思った。窓の外からは太陽が沈み始めた空が見えた。彼は完璧にあきらめたらしく、机にひじをついて退屈そうな顔をした。
「ボクの髪なんてつまらないでしょう」
そんなことはない。そう答えた。さらさらと頬にかかる髪がうざったいのか、彼はふるふると首を振った。指にからまっていた髪がするりと抜ける。彼の髪はとても、そう、とても澄んでいる。もう一度髪をつかむと、彼はまだやるのかと言いたげにこちらをにらんだ。普段温厚に見える彼は怒ると怖いことを自分は知っている。
「もういいでは、ないですか」
声に怒りが消えたところをみると、たぶん話を一向に聞かないこちら側に見切りをつけたのだろう。本気で怒らせなくて良かったと思う。彼の上辺だけの笑みの下に、どんなに恐ろしいことが隠れているか、神であっても全くわからない。どうやったらその薄い微笑の仮面を粉砕できて、彼の感情を発露させられるのだろうかと考えた。彼はまた肩をすくめた。
「あまりボクを怒らせると勢いあまって殺してしまうかもしれませんよ」
きっと彼になら可能なことである。いくら自分が神であっても、万能と呼ばれようと、彼が強いことには変わりない。心の隅で自分が殺される光景を描きつつ、金髪の端のほうを三つ編みにしてやった。その様子をちらりと見て彼は不快そうにまたため息をついた。ああこいつに自分は殺されやしないな、とその時初めて確信した。太陽はますます沈んでいく。
「いいんですか殺されても」
できやしないだろう。もごもごとそうつぶやくと彼は口元を歪めて誰が見てもイラつくような嘲笑を作り上げた。ああイラつく。髪を思いきり引っ張ってやると、また彼は痛い! と叫んで今度は髪を押さえた。力を入れすぎてしまっただろうか。自分の手を見ると長い絹糸のような一本の髪の毛が、ついていた。それを見て彼がみるみると無表情になっていく。窓から夕日が差し込んできた。あっという間に部屋の中はオレンジ色だ。濃くなった顔の影に気付かないよう、その影に隠れた感情に気付かないようそっと彼から目を逸らして、抜けた髪を見た。夕焼けの光を反射してきらきらと光っている。
「もう帰りますよ」
立ち上がろうとするのを止めて、また髪を触った。まだやるのかと言いたかったのか口を半分開いたが、彼はそのまま言葉を飲み込んでしまった。あきらめたのだろう。無表情ではなくなっている。そうやって、人に怖い思いをさせてそのまま何もしないのだから、残酷にもほどがある。長い髪を持ち上げて部屋にたまったオレンジ色に透かしてみる。黄昏色に染まった髪は美しかった。綺麗だと言うと、彼は何も言わずに立ち上がった。
「帰りますよ」
ああ。今度は止めなかった。それが不満だったのか彼は意外そうに眉をひそめてから、部屋のドアを開けた。ここから見える廊下は暗い。彼は闇の世界に帰ろうとしている。その表情は暗くてよくわからなかった。お前は誰なんだと尋ねてみたくなった。
「もう来ませんから」
口ではそう言いながら、彼がまたこの部屋に姿を見せることくらい、承知の上だ。バタンと音をたててドアが閉まった。窓の外は完璧な黄昏である。抜けた髪の毛を手にとって、窓を開け、夕日に照らした。やはり髪はきらきらとしていた。ああ細いと思った。風が吹いて、髪が飛んでいく。窓を閉めた。今頃あの長い髪は、風に乗って世界を飛んでいるだろうか。落ちたら汚れるのだろうか。
目を閉じた。
未だに彼の考えていることは全くもってわからない。

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