BLCP:佐野犬
黄昏時は、嫌いだ。
何もかもが同じ色に染まって、そのまま闇に飲み込まれる。まるで溶けていくみたいだ。
影が伸びて伸びて、もしかして影がどこかに行ってしまうんじゃないかってくらい、伸びて。
だんだん自分が冷めていくのがわかる。
もう帰ろうと、呼びかける男の子の声がする。
今の自分には、帰ろうと呼びかける人さえいない。
たった一人で、この黄昏時をさまよう。
たそ、がれ。
犬丸に手紙を出してもう二週間になる。
返事は来ない。
たぶん、忙しいのだろう。
と、言い訳を考えてみる。
あの小林とかいう奴が、また迷惑かけているんじゃないだろうか。きっとそうだ。それで忙しすぎて、返事を書く時間もないのだ。そうだろう。もしかしたら手紙も開けていないかもしれない。いや、それはない。あの神候補は自分に過保護で、手紙をくれと何度も念を押していたから。
きっと、忙しくて。
違う。
きっと寂しいだけなのだ。返事が来なくて。
馬鹿みたいじゃないか。
長い影は悪いことばかりささやいてくる。
後ろから、こっそりとプラスにならないことばかりを。
しかし振り向いてはいけない。
黄昏時なのだから。
相手の顔が見えない。そんなの、不安になるだけじゃないか。
勝手に誰かを想像してしまうではないか。
そこに、あの人を重ねてしまうじゃないか。
もう夕飯だと、子どもを呼ぶ母の声がする。
目を閉じた。
目を開けてはいけない。
そこはきれいな一色の世界で、全てを奪われてしまう。
その先に闇が待っているとも知らずに。
いろんな思いを、いろんな人を、一緒にして、同化させて、そのうち闇にしてしまうんだ。
目を閉じるとあの人の顔が思い浮かんだ。おのずと。
無性に目を開けたくなった。しかし、いけない。影がささやく。
「綺麗な色ですね」
影がささやく。
「僕はこっちに降りてきてびっくりしましたよ。なんて綺麗だって。天界に夕焼けはないんです」
違う。これは闇を受け入れるための、世界統一。
コツリと、靴の音が世界に響く。
ようやく佐野は、声の主が、犬丸であることに気づいた。
はっとして振り向くと、そこには確かに佐野担当の神候補が立っていた。後ろから沈む行く陽を受けて、顔に陰を落としながら。シルクハットの形に切り抜かれた黒が、懐かしい。佐野は呆然と立ち尽くしていた。
「なんで?」
「え、僕、前行くって言いましたよね?来ちゃいけませんでしたか」
そんなことはない、と佐野は大きく首を横に振った。
犬丸は佐野の隣まで歩いてきて、にっこりと笑った。優しげな顔が暗いけれどきちんと見えた。
ああ、この人は犬丸だ。
「きっと佐野君は知っていると思いますけど」
犬丸はそう言ってオレンジ色に染まった髪を手袋で覆われた手でなでた。
たそがれは、と一色の世界に澄んだ声が良く響く。
「暗くなってきて顔が見えないから、誰そ彼、って尋ねるんですよね、それで、たそがれ」
しかし、もう尋ねる必要はない。
佐野は思った。
こんなに近くにいるのだから。

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