佐野+ロベルト
もうどこを歩いているのかもわからなくなってきていた。
山の中だということはわかるのだが。
なんと言う山かも、頂上の方なのか、ふもとの方なのかもわからなかった。
ただ適当に、どこでもいいから歩きたかった。
足を動かしていたかった。
「・・・・・・」
さっきから目に映るものがモノクロになってきていた。
黒と白・・・そして灰色しかない世界。
こんなに寂しい世界があって良いのかと、佐野は微かに首を曲げた。
ふと、目の前に、黒と白と灰色以外の色が現れた。
ハッとして足を止める。
今まで聞こえていなかったいろんな音が、唐突に復活して、耳を刺激する。
「どうしてこんなところを歩いているんだい、佐野君」
静寂の世界が、雑音の世界へ変わっていった。
くらくらし始めた頭を必死に動かして、声と姿で名前を判断しようとする。
なかなか出てこない名前に、イラつきつながら、佐野は尋ねられた問いに答えようとした。
どうしてこんなところを歩いているのか、そう聞かれたのだ。
特に理由はない。ただ、歩きたかっただけだ。
そのように答えると、ロベルトは笑った。どこか嘲笑的でもあったし、苦笑のようでもあった。
そうだ、ロベルト、ロベルト・ハイドンだ。と佐野は内心叫んでいた。
神候補同士のバトルで優勝候補と言われる彼の名を、どうして思い出せなかったのだろう。
しかも、ロベルトには数時間前に逢ったばかりなのに。
とりあえず、木々の間から差し込む陽射しのせいにしておく。
モノクロの世界の中で、唯一色を取り戻した彼は、笑みを絶やさずに続けた。
「君がロベルト十団に入ってくれるとは、思っていなかったよ」
佐野は歩きたい、と思った。
足を止めているのはどうしても嫌だった。
ロベルトとの会話を今すぐにでも止めて、ただ歩きたかった。
早く会話を終わらせるために、まぁな、と微妙な返事をしておく。
しかしロベルトは更に話を続けようとした。
いい加減にしてくれ、オレは歩きたいんだ。と心の中でロベルトに怒る。
何故そんなに歩きたいんだ、と聞かれたら黙るしかないが、無性に歩きたかった。
佐野はロベルトから目をそらし、何もない木と木の間に視線を向けた。
「まぁ、半分脅したようなものだけれどね、僕達が」
くだらないことをただただ話さないで欲しい。
別にロベルト十団に入った事なんて、どうでもいいではないか。
そんなに深く話し合うことでもないだろう。
佐野は、自分がロベルトと話をする事を、嫌いなんだと思った。
どこか人を馬鹿にしたその笑みで、ただたわいもない事を話し続ける。
全てを知っているような、見透かされたような目で見られると、つい怖くなる。
「どうせ入らなかったら、君は殺されていただろうし」
ロベルトの殺した中学生の噂は、よく佐野の耳に入った。
同じ年齢の中学生を殺した時、彼はどう思ったのだろう。
同じ年齢の中学生の血を見た時、彼はどう思ったのだろう。
佐野は噂を聞くたびに自問した。
山の涼しい風が、佐野とロベルトの髪をなびかせて、少し乱していく。
人の死ぬところなんて見たくない、と思って佐野は身震いした。
普通ではないロベルトに、恐怖を抱いていた。
幼い、子供のような微笑で、同じ種類の生き物が死んでいく所を見ているのだ。
いや、その死んでいく所を、自らが神の様に創り上げているのだ。
バカじゃないのか。君は神ではない。人の命を壊せるほど、偉くはないのだよ。
佐野はそう思って、いつもロベルトを心の底で嘲笑していた。
「それに、犬丸も死んでいたしね」
犬丸、という単語に反応してしまう自分が悲しかった。
彼の事を考えると、嫌でも心が痛む。
自分が十団に入ってどう思っただろうか。
もしかして自分事を嫌いになってしまったかもしれない。
それは最悪の結末だ、と佐野は自嘲した。
ロベルトは自嘲する佐野をじっと見つめていた。
何かを見つけた子供のように、そう佐野を見つけてしまったようにじっと観察していた。
その目は深い闇と、子供っぽい光が一緒にあった。
「彼は君が十団に入った理由を知ったら、どう思うだろうね?」
ズキン、と胸が痛んだ。
1番考えたくない事だった。一生懸命、考える事を避けていた。
もし、犬丸が毛嫌いする十団に佐野が入ってしまった理由が、犬丸自身にあったとしたら、
そのショックはどれほどのものなのだろうか。
犬丸に説明をしたかった。
自分が十団に入った理由を説明したかった。
佐野は長いため息をつこうとして、ロベルトの嘲笑に気付いた。
ロベルトは佐野が苦しんでいるところを見て、笑っていた。
何かがピンと張り詰めて、切れそうになっているのがわかった。
どうして彼はここまで冷静に世の中を見つめられるのだろう。
どうして彼は人の事を簡単に傷つけたり出来るのだろう。
「ショックを受けるだろうね」
もしかすると、彼はとても強い人間なのかもしれない。
人を傷付けることの恐怖なんか微塵も感じず。
人を傷付けた事による代償なんか考えもせず。
強い人間だからこそ、平気で人を傷付けられるのではないか。
佐野はハッとしてロベルトの目を見つめた。
それは、普通の人の目ではなかった。
「・・・もうオレは行く」
佐野はそうつぶやきながら、微笑んだ。
ロベルトもまた、モノクロへと戻っていった。
そして佐野自身も、モノクロの影と化していた。
雑音が、1つ、また1つと消えていった。
最後には何も聞こえない、静寂の世界へと戻っていく。
佐野は歩きたかった。
「ロベルトは、強いんやな」
足を進めながら佐野は半分囁くように言った。
ロベルトが、微かに口元を歪めるのが見えた気がした。
彼とすれ違う瞬間、何かが静かに佐野の肌を刺激した。
それは風だったのかもしれない、ロベルトが佐野に触れたのかもしれない。
少し強い風が吹いて、佐野の髪が乱れた。
髪を直しながら、佐野は振り返りもせずロベルトに手を振った。
モノクロの世界は、果てしなく続いていた。
木々の間から、白い夕日が見えた。
白と黒の世界は、いつになったら終わるのだろう。
佐野はため息をついてから、微かに自嘲した。

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