TRPG探索者・二次創作
新田明朗(狂気山脈HO2B)、小泉光(ライカさんの探索者)
探索者関連のSSですが、シナリオのネタバレはありません
小泉は自分と違って、とてもいい人だ。
大学の授業には遅刻、欠席せずに真面目に出ているし、レポート課題も締め切りの一週間前には書き上げている。
小泉と自分は同じ学部に所属しているので教養や基礎科目は一緒の授業になることが少なからずある。そのなかで、小泉には何度か課題提出の危機を助けられた。たまに寝過ごして授業を休んでしまったときは、小泉にお願いして配られたプリントをコピーさせてもらった。
大学一年の5月――自分がまだ、大学入学を機にはじめた一人暮らしに慣れず、朝起きて大学に行き授業を受けて無事に帰ってくるだけで精一杯だった頃には、すでに小泉はバイト先を決めていた。
自分が人事担当をしているところへ小泉が面接に来たら、よっぽどのことがないと落とさないと思う。挨拶をきちんとして、こちらが聞きそうなことはあらかじめ答えを考えてきてくれる。髪は短く切り揃えて清潔感があるし、いつも背筋が伸びていた。返答に媚びたところも、ひねくれたところもない。そして多くの時間を真面目そうな表情で過ごしている彼は、どう見ても「しっかり仕事をしてくれそう」な人間だった。
自分とは――大違いだ。
本来であれば、小泉のような人間と自分は、仲良くなることはないのだと思う。自分の方は何かと助けてもらって有り難い限りだが、小泉の方からすれば、もっと面倒の少ない、できた人たちと知り合いになるのが得策だろう。気持ちだって、楽に違いない。時々小泉は、こちらの言動に心底不可解そうな表情を見せた。
だけれど、現実は違ったのだ。
自分は小泉と知り合いになった。
自分は小泉と友達になった。
小泉と自分は、同じ山岳部に入ったのだ。いわゆる部活の同期だ。
山岳部の新人歓迎用イベントで彼と知り合ってから、もう二年が経つ。
自分たちが入学した長野大学は立地的に非常に本格的な山岳部がある。長期休みには二週間以上山から降りてこないような行程をこなし、山岳部OBたちの集まりもしっかりある。小泉と自分は、その山岳部の新人歓迎会で出会った。「会」といっても一般的にイメージされる「飲み会」がメインではなく、新入生向けに試しに山に登ってもらおうという、「お試し登山」の企画で、一応、下山後には山岳部メンバーたちの奢りの飲み会があった。
小泉は大学入学以前から登山をしている、いわゆる「経験者」だった。一方で自分は、学校の遠足でハイキングをしたことがあったはず、くらいの、素人中の素人で、長野大学の山岳部が歴史あるしっかりした部活であることすら、新人歓迎会に参加するまで知らなかった。せっかく大学に入ったのだから、何かサークルや部活には参加したいという気持ちだけがあったが、あまりわいわいするのは得意じゃないからスポーツは外して、花は好きだから登山はいいかも、という心もとない動機での参加だった。
素人だった自分は、山岳部の普段の活動を考えるとほぼハイキングであるその日の登山も、やや遅れてなんとかついていけるくらいのへなちょこっぷりで、山岳部のメンバーである先輩を一人だけお守りとして残し、他の参加者はずっと先に行ってしまっていた。すみません、と小さくつぶやく度に、先輩は「ゆっくり行こうや」と返して、周囲の雄大な自然を穏やかな目で眺めていた。
先輩は焦らずに自分を待ってくれていたが、さすがに足手まといであるという罪悪感は募った。山頂まであとどれくらいかもわからないなか、「来なきゃよかった」という後悔が、足元にまとわりついてさらに足取りを重くさせていた。
先輩と自分の二人になってから十分ほど経って辿り着いた休憩所のベンチでは――なぜか、小泉が待っていた。
小泉の姿を見つけた先輩は、彼が新入生の一人だと認識して即座に小走りで近づき、「何かあったのか」と聞いたが、彼は「いや、待ってただけです」と、さらりと答えた。肩を上下させて、呼吸のために何も言えないでいる自分を見ると、小泉は「ちょっと休んでいくか?」と言った。ようやくその段階で、彼が「一年生です」と自己紹介していたことに思い至った。自分と同じ、四月に入学したばかりの一年生だ。そのわりには落ち着いた態度で、山のなかでも頼りになりそうに見えた。もしかすると、あまりに遅いから彼が自分たちを呼びに来させたのかもしれない。そう考えて首を横に振ると、小泉はほんの一瞬、眉をひそめて、それからすぐに微笑んだ。その笑みを見た先輩は、何も言えないでいる自分の背中をぽんぽんと叩いて、木を割って横たえただけの無骨なベンチに座るよう促した。
先輩と小泉、そして自分の三人は、並んで木製のベンチに座った。
先輩も小泉もまったく呼吸を乱しておらず、自分の吐き出す息の音が、やたらと大きく聞こえた。
「このへん、秋はすごそうですね」
小泉が頭上でさわさわと揺れる木々の葉を眺める。
「いやぁ、本当にね、このへん真っ赤になるよ」
先輩は視線と同じように穏やかな声で、小泉に答えた。
自分は最寄駅で買ったペットボトルのお茶で喉を潤しながら、二人の言葉を聞いていた。たしかに、このあたりにあるのは落葉広葉樹だ。秋になれば葉が綺麗に色づくだろうし、地面も落ち葉でいっぱいになるだろう。歩く度にさくさくと、雪を踏み締めるような音がするのかもしれない。
想像して、いいなあ、と思った。秋にまた来たら、きれいだろうな。
「今日来てるメンバーで全員ですか?」
「うん。えーと、十二人? あ、休みのやつ一人だけいたかな」
「そうなんですか」
「みんな、なんだかんだで新入生の接待、楽しいんだよね」
ぼんやりとしていたが、自分たちは新入生やここにいる先輩以外の山岳部メンバーを待たせていることを思い出してハッとする。
「あ、あの。すみません、早く行った方がいいですよね……? ゆっくりしちゃってすみません」
そう言って立ちあがろうとすると、先輩が横でひらひらと、気だるげに顔の前で手を振った。
「ああ、ゆっくりでいいよ。全然。気にしないで」
先輩は自分たちの方へ吹いてきた風を受けて、気持ちよさそうに目を細めた。小泉も動く気配はなく、公園のなかでするように、肩の力を抜いて座ったままだった。その姿があまりに山の景色に溶け込んでいたので、彼が今日より前から山登りをよくしている人間であることがわかった。自分は少し、緊張した。彼は新入生だけれど、ちゃんとできる新入生なのだ。
体に力が入ったのに気づかれたのか――小泉がこちらを見て、微笑み直した。
「えっと、山頂に休憩スペースあったから、そこで休んでるよ、みんな。普段から登山した人たちで集まると、山頂についたらすぐ気持ちが下山に切り替わっちゃうからさ。たまには山頂でゆっくりするのもいいと思う」
「そうなの?」
首をかしげた自分の背中を、先輩がさすりながら大きく頷く。
「そうそう。だからさぁ、俺たちはゆっくりでいいんだよ。みんな山頂を満喫してるだろうから」
うん、と小泉も頷く。二人に言われると、それでいいのかな、という気持ちになってくる。先輩も小泉も、間違ったことを言わなそうな、強い誠実さが感じられた。
「ってか、小泉くん、かなり経験あるでしょ」
「山は好きです」
まっすぐな言葉に、先輩と自分がいい意味で沈黙する。下手な返事をして、そのまっすぐな言葉の余韻を散らしたくはなかった。ああ、彼は本当に山が好きなのだな、すごいな、とぼんやり考えた。
そうして何も考えずに彼の顔を見つけていると、彼は自分にばっちり視線を合わせて、口を開いた。
「山。楽しいよ」
そうなんだ、と思った。
そうなんだ。
もしかしたら、自分も楽しく思えるかもな。
素直に、そう思った。
あのときはじめて、自分は「山に登りたいな」と考えた。
小泉と同じ気持ちを、味わいたかったから。
(そして自分は、今ここにいる。)
2024.07.26
小泉光誕生日記念、新田と小泉が知り合った日の話。まあ、新田に小泉が認識された日が、小泉の誕生日のようなものかもしれないし。

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